松尾山(しょうびさん) 文保寺(ぶんぽうじ)は 兵庫県丹波篠山にある天台宗の寺院です。山門は室町時代後期の楼門建築で、篠山市指定文化財でございます。

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鐘楼

鐘楼

本堂前の鐘楼。ここからの眺望は、松尾山の大自然と四季折々の絶景をお楽しみいただける境内一の場所です。

二村神社

二村神社

境内にある二村神社は味間地区一帯の総社で、八上城主波多野氏の勅願所だったといわれています。

「文保寺」は承平・天慶(931~947)の兵乱によって荒廃しましたが、鎌倉時代後期の正和年間(1312) 、花園帝によって再興され、慈覚大師作の千手観世音菩薩像、聖観世音菩薩とともに御本尊として安置しております。そして、文保年間(1317)に宝鏡寺門跡一品親王より寺号「文保寺」の勅額を賜り松尾山文保寺と改められました。 明智光秀による丹波攻めのときに焼失、再び荒廃しましたが、江戸時代に再興されました。全盛期には21ヶ坊を数える大寺院となりましたが、明治以降は真如院・大勝院・観明院の三ヶ院のみとなり、現在に至っております。

文保寺の入り口「楼門」。創建時の門は、天正年間(1573~92年)の天正の乱で焼失し、現存門は、天正末期頃に再建されたものとされております。篠山市内の楼門の中では最大規模のもので、篠山市文化財に指定されています。三間一戸、入母屋造で、肘木に唐様が見られ、上部には再建時の古い部材も随所にみられ、歴史的風格を漂わせております。

大化年間(645)インドより来朝された法道仙人が、自作の聖観世音菩薩を本尊として聖備山長流寺を開基し、後、承平年中(935)平将門の乱で堂宇は焼失しましたが、聖観世音菩薩は今田本庄の里に安置されていました。その後、正和年間(1312)花園帝によって再興され、慈覚大師作の千手観世音菩薩像、聖観世音菩薩とともに御本尊として安置しております。

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